単身赴任の暮らし

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転勤族 単身赴任 住み心地 2位

今週のお題「住みたい場所」

住みたい場所 2位

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初めての左遷で勤務した街

中途入社して5年目。今時のブラック環境と言われる、長時間、休日なしで5年を過ごし(思えば年間休日10日)転職の厳しさを味わっていた。(それは今だから言える事。当時はそれでも満足していた。新規事業の募集での採用のため、立上げプロジェクトに関わり必然的に皆同じ状況)

畑違いな業種の中で無我夢中。

それなりに自分の過去に決別するかの様に毎日わからないながらも、過去の成功体験が通じていた事にこだわりながら、自分の意思を崩さず周りの反応に違和感を感じながらも時を過ごしていた。あまり協調はなく、現状打破を目指していた。

のちに災いしたのかもしれないが、役員面接で「今の古い体質をぜひ崩してください」と言われていた。

しかし、大きな、巨大な盾組織には勝てない。

結果

突然の辞令。

本部から現場へ。

初めての現場。

スペシャリスト集団から、ほぼ現場のスタイルが何もわからないながらも現場で老若男女問わず管理するマネジメント職へ。

比喩としてはクライアントが、取引先から直接カスタマーになる。それも部下を通じて。

今までは、休みこそ無いものの苦楽を共に過ごしている事で同僚と連帯感があると感じていた。仕事上でのぶつかり合いこそあれど、それこそ家族よりも一緒に過ごしている時間が長かった仲間達。

転勤引越しを機に、言い換えれば現場に入り今までの手法やマネジメント経験や知識がリセットされて新しいスキルを求められる任地と職務。

ず〜っと飼っていたビーシュリンプも千葉の水が合わないのか2日で全滅して「アクアアマノ」信者も終わりを告げる。必然的にストレスのバランスは、休日を自宅でどの様に生活するか過ごすかの選択の毎日。

まだ心に余裕はあったのだろう。人を通じてミッションを達成する事も悪くない。

あの頃はきちんと寝れていた事を思いだし、自宅はきちんとストレス解消の場になっていたということが何よりの証明。

しかし、職場ではとても孤独。

本部から来たのに何もできない奴と思われていたと思う。

まだ40代だったこともあり、休日は毎日散策に費やしていた。

その辛さを緩和できたのは住まいに恵まれていたからだと今は思う。ソファーも置ける広さ、適度な街並みの騒音。

角部屋の2面採光。

建物は、縦に長いマンション。1階に4部屋しか無い8階建ての4階。

オートロックを出ると10歩でスーパー。

800メートルでショッピングモール。

30歩でマクドナルドやドトールモスバーガー

大きなダイソー高島屋・そごう・ハンズ・ビックカメラと休日のショッピングや公園などの充実感がハンパない街。

駅までは3分、秋葉原、東京など都心にも約30分の位置である。家賃は80千円で25平米。

住居を中心とした徒歩圏に休日のたびに新たな発見と5キロも歩くと現れる川べりが好きだった。

そんな日々の中で東日本大震災を経験した。

マンションは地震に弱かった。崩れはしなかった頑丈な建物だが、横揺れに翻弄された部屋。(それでも東北の方のことを思えばマシな状態、入社したての時は東北にいたのだ)

地震の直後からの全員の安否を確認し終わったのは深夜の0時、職場からクタクタになりマンションへ帰るとエレベーターが止まっており、オートロックも開かず非常階段がなく部屋に入れない。いや非常階段はあったのだが、鍵がかかっていて入れないだけだった。(今思うと非常階段に鍵がかかっている事が重大な欠陥だと思う。)

停電でエレベーター・オートロックは開かず。どうしても部屋にたどり着けない。

仕方なく寒空の中で過ごした隣のタイムズ。

気がつけば朝でした。管理会社から人が来たのが朝だからです。

部屋に入ると、落ちた電子レンジ。2メートルは移動したかと思う冷蔵庫・テレビ台や机。

幸いMacやテレビは倒れていなかったことを考えると横揺れがはげしいのかも。そうです縦長マンションが、横揺れで部屋の中の荷物の移動距離を促進したのでしょう。

断水により水も出ないマンション。足が震えましたね。

片付けを終わるともう出勤時間。

そんな思い出も過去になりましたが、忘れることは無いでしょう。

それでも、仕事の区切りと震災の思い出で忘れられない街。

人生2番目に好きな街になりました。

もし今家を買うなら第2候補です。3年住んで快適の一言。(実際家を買ったのはかなり離れたところですが)

西向きの部屋でしたが、太陽が午後になると奥まで入る明るい部屋。

週に2回は行っていた土間土間

朝出勤前に毎日コーヒータイムのマックなど転機を迎えるには住居の環境が、非常に影響します。

転勤族の私がお勧めする街。千葉県〇〇市の話でした。

震災を職場で経験した忘れられない街。

震災を機に仲間と心が通じ合った職場。それまでが嘘の様に震災を期に孤独が団結になったのでした。

私の仕事は、職場=街。

結局あの街を最後に楽しいと思える仕事の思い出は増えませんでした。

左遷を機に再起してその後再度昇格した街でもあったのですが、その時の充実感がその後消えて行きました。

今は休職中ですが、ふと思いだすあの頃。

転職して一番会社に行くのが楽しかった時期でもありました。その街を離れ少しづつ心の中のバランスが崩れていった気がします。

 

 

 


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